Report
日本の機関投資家に
降りかかる気候リスク
主要5社がエネルギー転換を遅滞
主な調査結果
1
日本の主要機関投資家5社は、化石燃料拡大企業指数(FFEI)へのエクスポージャーで見積った結果、世界で最大の化石燃料事業の拡大計画を持つ企業に406億米ドル(約6.1兆円)を保有している。この投資は、アジア諸国の気候関連財務リスクを増大させる。
2
日本の主要機関投資家5社による石炭、石油及びガス事業を拡大する企業への投資は、これら投資家が主要な再生可能エネルギー企業へ行う投資432億米ドル(約6.5兆円)を台無しにしている。このクリーンエネルギー対化石燃料の投資比率1.07対1は、パリ協定の目標である温暖化を1.5°Cに抑えるために2030年までに求められる4対1に遠く及ばない。
3
5社が保有するFFEIに組み込まれている投資先企業は、わずか10社に全体の81%が集中している。これら10社の化石燃料事業の拡大計画によって二酸化炭素換算で7.7ギガトンの温室効果ガス が排出されると予想される。三菱商事、三井物産及び中部電力を含むこれら10社が、機関投資家5社のスチュワードシップ責任を果たす取り組みにおいて集中すべき対象である。
4
これらポートフォリオ企業10社の化石燃料事業拡大計画による予想炭素排出量は、対象機関投資家のクリーンエネルギー投資で達成される排出量削減分を帳消しにしてしまうおそれがある。
5
日本のFFEI企業に対する議決権行使の実績を分析したところ、スチュワードシップ責任を果たしていないことが浮き彫りとなった。ほぼ全ての対象機関投資家傘下の資産運用会社の議決権行使方針では、気候変動への取り組みを理由とした取締役選任基準があるにも関わらず、日本のFFEI企業の取締役選任時に当該基準を適用し反対した事例は見られなかった。
6
調査対象の機関投資家5社傘下の資産運用会社は、他の株主よりも気候関連の株主提案を支持する傾向があり、分析対象とした提案への株主全体の支持率17%に対し、35%の平均支持率を示している。
7
しかし、調査対象の機関投資家5社傘下の資産運用会社は、日本のFFEI企業の取締役選任議案に99%の確率で賛成してきており、これら投資先企業に対し、ネットゼロへのコミットメントに整合しなかった場合の影響について明示できていない。
8
機関投資家が化石燃料を拡大する企業の進路を変えることができなければ、自身の評判及び受益者の資産を危険にさらし、より破壊的な気候変動の影響にさらされてしまうことになる。
報告書概要
マーケット・フォースの最新の分析によると、日本の主要な機関投資家5社である
- みずほフィナンシャルグループ/第一生命保険[1]
- 三井住友トラスト・ホールディングス
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ
- 野村ホールディングス
- 日本生命保険は、
化石燃料拡大企業指数(FFEI)の対象企業に406億米ドル(約6.1兆円)を投資していることが判明した。
マーケット・フォースの調査によって、化石燃料事業の拡大計画の大部分は世界の比較的少数の企業(計190社)によって実行されていることがわかった。これら対象企業群を化石燃料拡大企業指数(Fossil Fuel Expansion Index、以下通称FFEI)と呼ぶこととする。
世界がパリ協定の目標を達成するためには、化石燃料事業の拡大計画をこれ以上進めるわけにはいかない。国連の推定では、現段階で予定されている水準で化石燃料の生産が続けば、世界の平均気温は産業革命前と比較して今世紀末までに2.6~3.1℃上昇という壊滅的なレベルに達し、世界経済に深刻な損害が及ぶとみられる。
FFEI(化石燃料拡大企業指数)を構成する企業は、このシナリオにおいて大きな役割を果たしている。これらの企業によって計画されている石炭・石油・ガスの拡大プロジェクトが実行されてしまうと、排出量の大幅な削減が求められるなかで、2023年の世界全体の排出量の1.3〜2.2倍以上に相当する77〜129ギガトン(CO2換算)の温室効果ガスが排出されることになる。
世界最大規模で石炭・石油・ガス事業の拡大を行う企業に投資する大手機関投資家は、その多大な資金力を利用して、危険な炭素汚染を回避すべくあらゆる手段を講じなければならない。パリ協定の目標を達成する上で必要となる初期投資コストは、2℃を超える気温上昇によって生じるコストよりもはるかに少なくなると推定されている。
今回の調査対象である日本の投資家にとって、FFEIへの投資の80%以上が、わずか10社に集中しているのはチャンスと捉えることができるであろう。これら10社(伊藤忠商事、三井物産、三菱商事、丸紅、エクソンモービル、BHP、INPEX、シェブロン、大阪ガス、中部電力)の化石燃料事業の拡大計画だけで、7.7ギガトン(CO2換算)の温室効果ガスが大気中に排出されることになる。そうなると、再生可能エネルギーの導入によりこの約3年間で達成してきた排出量削減が水の泡になってしまう。
FFEI企業の化石燃料事業拡大計画を阻止できなければ、対象機関投資家がクリーンエネルギー投資を通して得た成果が帳消しになる。
ある分析によると、パリ協定の目標を達成するためには、2030年において、化石燃料に1ドル投資するたびに、「低炭素エネルギー」に最低でも4ドル投資する必要があるという。調査対象の機関投資家は、ブルームバーグ・ゴールドマンサックスクリーンエネルギー指数(クリーンエネルギー指数)に組み込まれた企業に432億米ドル(約6.5兆円)を投資しており、FFEIへの投資額をわずかに上回っている。
これは明るい端緒ではあるが、世界の平均温度の上昇を1.5℃未満に抑えるのに必要となる投資比率である低炭素エネルギー:化石燃料=4:1には程遠く、道のりは長いといえよう。
Climate Action 100+、気候変動に関するアジア投資家グループ (AIGCC)、Net Zero Asset Managers Initiative(NZAMI)など、投資家主導の多様な気候変動イニシアティブの加盟者として、日本の機関投資家は、以下の責任を負っている。
- 2050年までにネットゼロ排出を達成するために必要なクリーンエネルギー技術を提供する企業やプロジェクトに投資する。
- 排出量の多い企業への投資を通じて、化石燃料の生産と使用から脱却する戦略を推進する。
後者については、大規模な化石燃料事業の拡大計画を強く推し進めようとしている投資先企業に対して、機関投資家は断固とした行動を起こす必要がある。
気候変動対策に取り組む大手機関投資家は以下のステップを踏むべきである。
- 企業に野心的かつ真の排出削減戦略を実行するよう圧力をかける
- 気候関連の株主提案に賛成する
- 対応が鈍い取締役の選任議案に反対する
- 最終手段として必要に応じて堂々と投資を引き上げる。
今回の調査対象である機関投資家傘下の資産運用会社は、同業他社に比べて気候関連の株主提案を支持する傾向があり、分析対象とした提案について株主全体からの支持率17%に対し、35%の平均支持率を示している。ただ、気候関連の提案に賛成しただけでは排出量削減は実現しない。
これらの資産運用会社はまた、日本のFFEI企業の取締役選任議案において、これら企業が大規模な化石燃料事業の拡大計画を推し進めているにもかかわらず、99%の確率で賛成票を投じている。石炭・石油・ガスセクターを拡大するというリスクの高い計画を持つ企業への圧力を強めていかなければならない。
化石燃料からクリーンなエネルギーシステムへの移行は、日本全体にとっても、日本の資産運用会社にとっても、気候リスクを軽減するために避けては通れない。投資ポートフォリオの電源構成比における化石燃料の割合が高いため、1.5℃シナリオはおろか2℃シナリオにさえ対応できていないことをすでに認識している日本の資産運用会社もある。
気候関連の財務リスクに対処するという受託者責任に対する国際的な認識が高まる中、資産運用会社はポートフォリオの炭素排出削減を積極的に監視するようになっている。日本の資産運用会社は、こうした動きを無視することはできない。排出量の多い企業の取締役に説明責任を果たさせるためには、効果的なリスクコントロールが実施されるよう促したり、取締役会の気候コンピテンシーを確保する手段として取締役選任の議決権を活用したりするなど、さらなる行動を取る必要がある。
議決権行使に対する姿勢が変わらず、資産運用会社が排出量の多い企業の進路を変えることができなければ、自身の評判及び受益者の資産を危険にさらし、より破壊的な気候変動の影響にさらされることになる。
出典
注1: みずほフィナンシャルグループと第一生命保険は別の法人であるが、両社は資産運用会社であるアセットマネジメントOneの株式を議決権ベースでそれぞれ51%、49%保有している。
注2:1ドル=150.64円で換算。
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