日本の化石燃料に伴うカーボンフットプリント(炭素の足跡)は、世界第5位の排出大国かつ化石燃料への公的資金の最大の提供者として、計り知れません。そのため、気候変動による大惨事を避けるためには、日本のエネルギー関連企業の投資を石炭や化石ガスからクリーンなエネルギーへ急速にシフトさせることがカギとなります。

しかし、三菱商事JERA三菱重工業住友商事三井物産等の企業は「ネットゼロ社会」や「持続可能なエネルギーサイクル」の実現を語っているにも関わらず、「ブルー」水素やアンモニアなど、石炭・ガス関連資産を延命するための技術に賭けています。そして、これらは再生可能エネルギーより単位あたりの排出量もコストも高い技術です。

三菱商事、JERA、三菱重工業、住友商事、三井物産の投資家は、自身の気候リスク管理のためにも、これら企業と対話を行い、ネットゼロ移行計画に水素・アンモニア技術を用いることについて反対を表明すべきです。

水素・アンモニアのわなに陥った企業は、莫大な座礁資産を抱え、資産価値の毀損や競合他社の後塵を排することになりかねません。

要点:
  • 「ブルー」水素やアンモニア製造からの排出は、化石燃料の燃焼と比較した際の気候変動対策効果を打ち消すほどとも言われています。

  • 他方、グリーン水素製造に伴うライフサイクル排出は、極わずかです。

  • 水素もアンモニアも太陽光や風力に比べれば格段に高価な電源と言えます。特にベトナムやバングラデシュなどの新興国で顕著です。

ブルー水素は世界の排出削減につながらない

ブルー水素は通常、化石燃料であるガスから生成されます。その製造過程で膨大な二酸化炭素を排出するため、企業は、炭素の回収・貯留(CCS)を行うと主張しますが、失敗が相次いでいます。さらに、化石ガスの主成分である温室効果ガスの一種メタンは、極めて漏れやすく、20年の時間軸で比較すると、二酸化炭素よりも86倍温室効果が高いガスです。マーケット・フォースは先日、我々のオンラインリソースHydrogen from fossil fuels: an expensive way to increase emissionsにてこれらの問題について調査・公表しました。

ブルー水素技術の限界が意味するところは、ブルー水素を製造し燃焼することは、化石燃料をそのまま燃焼するよりもクリーンではないということです。まさにそのため、議決権行使助言会社大手のInstitutional Shareholder Services (ISS)内でESGを担当する部門は、ブルー水素への投資が高額な失敗に終わる「重大なリスク」について警鐘を鳴らしています。

ライフサイクルで比較した水素と従来型化石燃料の排出原単位

出典: Howarth & Jacobson – “How green is blue hydrogen?”, Energy Science & Engineering (2021); グリーン水素: Hydrogen Council
注:ブルー水素の排出原単位は、排出ガスCO2回収を含む。グリーン水素では、設備投資に伴う排出(例えば、ソーラーパネル製造によるもの)も含めているが、稼働時のCO2排出はゼロとなることに留意。ブルー水素、化石ガス、石炭については、設備投資に伴う排出は含まれていない。

水素は化石燃料から作る必要はありません。再生可能エネルギーや水からも製造可能です。このような水素は「グリーン水素」と呼ばれ、温室効果ガスを排出しません。これまで、化石燃料由来の水素と比較してコスト高だったことが障壁となっていました。しかし、現在の化石ガス価格の高騰により、シェルCEOのベン・ファン・ボールデンが指摘するように、価格差は著しく縮まっています。今後グリーン水素製造価格は急速に下落することが広く予測されています。

上記の通りブルー水素は、ポテンシャルが限られ、主に化石ガス資産の延命に寄与する、クリーンな技術ではありません。これらの問題にも関わらず、日本の企業はブルー水素技術に関する取り組みを始めています。いくつかの例を下表に示します。

企業名

取り組み

三菱商事

米デンブリーと提携し、メキシコ湾岸にて年間100万トンのブルー水素を製造する施設建設。この施設で回収された炭素の一部は、石油の増進回収に使われると見られています。つまり、より多くの化石燃料生産および炭素の排出を意味します。

カナダにてブルー水素製造に関する覚書をシェルと締結。このプロジェクトはシェルの現在のブルー水素製造施設に併設されることが見込まれますが、グローバルウィットネスの調査によって、現在の施設からは回収される以上の二酸化炭素を排出していることが明らかにされています。

インドネシアにおけるブルーアンモニア製造に関する、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)、パンチャ・アマラ・ウタマ社、バンドン工科大学との共同調査に参加。

三菱重工業

初のトランジション債100億円の発行を2022年9月上旬に行うことを発表。 ブルー水素製造やCCSに活用される予定。

JERA

年間50万トンのブルーまたはグリーンアンモニア調達に関する入札を実施。報道では、JERAが求める炭素回収率は60%に留まり、回収した炭素を石油の増進回収に利用することを許容。つまり、より多くの化石燃料生産および炭素の排出を意味します。

インドネシアの電力セクター脱炭素化ロードマップの作成に関与し、同国にて水素およびアンモニア混焼を推進。

2022年5月にトランジション債200億円を発行。アンモニアおよび水素混焼の実証などに使用される。この債権はネットゼロと整合しないとして、Climate Bonds Initiativeから批判されている。

住友商事

オーストラリア産石炭から水素を製造するパイロットプロジェクトに参加。石炭から生成される水素はガスのものと比べて50%多くの温室効果ガスを排出する。この排出を打ち消すため、カーボン・オフセットを利用し、さらに、不確実なCCS技術の追加を計画している。

イギリス・バクトンガスターミナルにてブルー水素を製造する調査を実施。

オマーンにてブルー水素プラントに関する調査を実施。

三井物産

米CF Industriesとメキシコ湾岸にて年間100万トン超規模のブルーアンモニア製造プラントを共同開発。2023年に最終投資決定を目指す。

アラブ主張国連邦にて、アブダビ首長国国営石油会社(ADNOC)とブルー水素施設建設に関する共同事業化検討契約を締結。年間20万トン製造を目指す。

アンモニア混焼は再生可能エネルギーによる発電よりコスト高

水素は、理論上、発電をはじめとするさまざまな用途に利用できます。しかし、再生可能エネルギーに対する競争力に疑問があること、化石燃料由来の水素の場合、二酸化炭素削減効果が限定的であることなどから、そのポテンシャルは日本の企業が主張するよりも限定的であると考えられます。

日本においては、精製した水素の一種であるアンモニアによる発電が最も有力な用途となっています。企業は、この燃料は、大規模な改修を必要とせず、既存の石炭火力発電所に直接混合でき、即座に二酸化炭素排出量の削減につながると主張しています。JERAは、アンモニア混焼を移行戦略の主軸としており、同社が日本最大の石炭火力発電容量10.3ギガワットを保有することを考慮に入れれば、アンモニア混焼を通した移行戦略は、同社のみならず日本の脱炭素の実現にとって重要な意味を持ちます。

JERA’s Hekinan Power Station, which is being targeted for ammonia co-firing. Source: Wikimedia Commons

 JERAの碧南発電所ではアンモニア混焼の実証が行われている。出典: Wikimedia Commons

この方法にはかなりのリスクがあると考えられます。まず、排出量の削減は、使用するアンモニア製造に伴う排出がほとんど発生しない、あるいはゼロの場合にのみ可能となります。もし、ブルー水素を使用した場合(JERAはその可能性を残している)、二酸化炭素排出量を単に発電所から水素サプライチェーンに移転するだけです。発電所からの排出量にのみ焦点を当てたJERAの弱い排出削減目標は、この問題を考慮するインセンティブを与えません。

また、アンモニア発電は、特に日本企業が力を入れているアジアの新興国での経済的なポテンシャルはおおいに疑問視されています。JICAの情報収集・確認調査としてJERA、東京電力、東電設計が受託・作成したインドネシアの電力セクター脱炭素化ロードマップによると、インドネシアの石炭火力発電所でアンモニアを20%混焼する場合、炭素価格が1トンあたり200米ドル以上でなければ、プラスの財務的リターンを得られないとしています。参考までに、2022年末までに導入予定のインドネシアの炭素税は、1トンあたりわずか2米ドルとなっています。

また、財務シンクタンクのトランジション・ゼロは、蓄電池を備えた再生可能エネルギーが、インドネシアでは炭素価格わずか1トンあたり90 米ドル、インドでは1トンあたり22 米ドル、また、ベトナムでは炭素価格なしでも既に石炭より安価であると見積っています。太陽光発電や風力発電のコストが下がり続けているため、アンモニアや水素発電に対する優位性はますます高まっていくでしょう。

蓄電池を備えた再エネが石炭火力より安くなる炭素価格
蓄電池を備えた再エネが石炭火力より安くなる炭素価格

出典:トランジション・ゼロ 「Coal to Clean Carbon Price Index

失敗のコストは投資家の負担になる

化石燃料由来の水素への投資の実例は、失敗の代償が甚大であることを示唆しています。シェルがカナダに建設したクエスト炭素回収・貯留施設(CCS)は、世界に2つしかないブルー水素プラントの1つとなっていますが、稼働から6年経過し、政府から7億2千万カナダドルの補助金を受けたにもかかわらず、2020年末時点でいまだ黒字化していません。補助金がなければ、このプラントは8億3,000万カナダドルの累積損失を出していたことになります。財務的な問題に加え、二酸化炭素の回収実績も低いため、日本企業が追随したがる理由の理解に苦しみます。

同様に、JERA三菱重工業などが発行済み、あるいは発行を予定している「トランジション債」にも投資家は注意するべきです。使途に含まれる混焼プラントはネットゼロ排出と整合しないと、影響力のあるグリーン債権認証団体のClimate Bonds Initiativeから批判されています。これら「トランジション債」について経済産業省独立した評価者が行った評価は、債権売却益の使途(混焼など)の技術的な実現可能性も当該債権に付随する財務リスクも評価の対象としていません。さらに、JERA三菱重工業も、トランジション債に伴う温室効果ガスの排出量または削減量について報告しないとしており、投資家は投融資ポートフォリオの排出量を知り得ません。

投資家にとっての結論は明確です。第一に、ブルー水素は確実な排出削減にはつながりません。従って、厳しいネットゼロ目標を掲げる投資家は、グリーン水素のような、より信頼性の高いソリューションに向けて企業を後押しする必要があります。第二に、ブルー水素と大規模なアンモニア混焼は、電力セクターにおいて大きな財務リスクを伴います。政府による大規模な救済措置がない限り、財務リスクは、リターンの低下や座礁資産という形で、投資家に直接降りかかることになります。